セレンは抗酸化作用のある必須微量元素です。必須元素であるミネラルは長期的に不足すると欠乏症が出て、最終的には死に至ります。
セレンは濃厚飼料、粗飼料問わず飼料中に含まれており、主に体内の免疫や生殖に関連しています。セレンの含有量は飼料が生産された土壌中の含有量を反映するため、セレンの含有量が少ない北米や北海道で収穫された飼料を使う場合には、何らかの飼料添加剤として給与する必要があります 。セレン欠乏を意識しないで牛が飼われていた時代、北海道では牛の体内の血中セレン濃度が特に低いことが確認されています。
通常、呼吸で取り込んだ酸素の約2%は「活性酸素」になると言われます。活性酸素は殺菌力が強く、体内では細菌やウイルスを撃退する役目をしていますが、活性酸素が増えすぎると正常な細胞や遺伝子も攻撃し、酸化させてしてしまいます。過剰な活性酸素の働きを抑制するには「グルタチオンペルオキシダーゼ」という抗酸化酵素が必要であり、セレンはこの酵素の構成成分の一つなのです。この酵素の働きは、ビタミンEと一緒に摂取することでより大きな効果が期待できると言われています。
セレンやビタミンEは、筋線維を形成するリン脂質という油脂の一種が変性するのを防いでいます。セレンが欠乏すると、リン脂質の変性によって筋細胞の働きが失われる「白筋症」が表れます。子牛の下痢などの原因究明がきっかけで血中セレン濃度の低下が発見されることが多く、セレンやビタミンEの補給により改善します。また、妊娠牛でのセレン欠乏は分娩後の子牛の白筋症の要因になったとの報告もあるので、妊娠後期の母牛の栄養管理が大切です。
セレンの最大許容量は他の微量元素と比較して適正範囲が狭いため、給与には注意が必要です。日本飼養標準 乳牛(表1)でのセレンの推奨要求量は0.1ppm(米国0.3 ppm)です。セレン濃度が低い飼料構成の中では、まず不足に注意すべきですが、複数のセレン含有飼料を重ねて給与する「過剰投与」による中毒には十分気をつけて適切な給与をして下さい。
セレンの注射や飼料添加により、繁殖成績の改善や抗病性の増加が認められています。セレンの添加効果(表2)を見ると、牛のライフステージや雄雌に関係なく恩恵を受けられることが分かります。この他にもビタミンCの再生や、甲状腺ホルモンの代謝に関わる酵素の構成成分でもあり、幅広い役割を持っています。
牛にセレンを添加給与した試験では、血中セレン濃度は簡単に上昇します。セレンは給与効果が出やすいとも言えますが、生体が余剰したセレンを排出するような機能が低い可能性もあります。継続的に微量のセレンを給与し続けるのがポイントとなりそうです。
医学領域ではセレンをはじめ、亜鉛・銅などの微量元素は精巣の発育、精子の形成や運動性などに関わっている事が知られています。精液に亜鉛が多く含まれることはよく言われますが、セレンも同様に含まれています。家畜領域でも血中セレン濃度やグルタチオンペルオキシダーゼ(GPX)活性が低い時、精子の運動性が低下することも認められています。さらに精子尾部にセレン蛋白があることも知られていて、精子活力が保持されるためにはセレンが重要であると推定されます。
分娩後にセレンを給与すると、受胎日数と人工授精回数が改善したとする知見や、分娩後の血清セレン濃度が高いほど授精回数が少なく,空胎日数も短くなるとする報告があります。この空胎日数の短縮要因として、セレン添加により分娩後早期に血中プロジェステロン濃度が上昇し、卵巣機能が早期に回復することが確認されています(図1)。この事から人工授精を始める分娩後60日以降形成される黄体についても、同様にセレンにより機能昂進されるものと考えられます。
セレンの給与が乳房炎に効果があるという知見は多く、牛の体内セレン水準が上がると乳中の体細胞数は少なくなる事が報告されています。セレンは免疫機能にも関与しており、セレン投与により乳腺の免疫機能が改善されたと考えられます。分娩3週前に母牛にビタミンE・セレン合剤(ESE)10mlを注射することにより、分娩後に乳汁体細胞数40万/ml以上の頭数が減少する傾向がみられたとの報告があります(図2)。また、セレン酵母の給与(Se:0.5mg/体重100kg/日)により、血清セレン濃度が高まるとともにリンパ球幼若化能が高まる(リンパ球による防御機能増進)傾向が認められたという報告もあります。更に、セレン給与により生体防御機能の一翼を担う白血球(好中球)の殺菌能が向上するとの報告もあります。
出典
表1 日本飼料標準 乳牛(2017)
図1 牛におけるセレン栄養と繁殖機能の関連性に関する研究 鎌田八郎(2001)
図2 セレン補給による牛の生体機能増強に関する試験(松井ら 1997)
北海道大学獣医学部予防治療学修士課程修了後、長野県畜産試験場酪農部で18年間「乳牛の飼養管理に関する試験研究」に従事。その後、長野県畜産試験場場長として試験研究を総括。平成26年よりオリオン機械㈱の顧問となる。